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2009年 04月 26日

版画の魅力


どんな場合も例外はあるが、
タブローに比べて版表現の方が作家の思考がはっきり見える。
たとえば、キャンバスに絵の具をおいていく油彩表現の場合、
そのほとんどが始めにおいた一筆が最後まで残ることは稀である。
もちろんこの場合でも例外はあるけれど。
片や版表現の場合は、たとえば、銅版画であればその最初につけた傷は
刷り上げた時には一番手前に表出する。
版として作られたものはすべてを支持体である紙に
包み隠さず暴かれることになる。
故に、作者の思考の跡は一瞬の「刷り」という行為において
白日の下に晒される訳である。
ここが、タブローとの大きな違いである。
包み隠さず見せてしまう、それが版画である。
作者の思い、性格、はたまた人格のようなものまでさらけ出してしまうのが
版画である。
少しオーバーかもしれないが、そんなところの潔さが私は好きだ。
版画のことを間接表現などと言うことがあるが、
それはシステムの問題であって、
作家の表現が間接的になることではないと思う。
だから、版画は面白い。
そして、恐い。
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by fujita-art | 2009-04-26 22:35 | Comments(4)
Commented at 2009-04-27 21:03 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by fujita-art at 2009-04-27 23:21
カギコメさん
ゴーギャンの版画いいですよ。あるコレクターがまとめて岐阜の美術館に寄贈したものが大半なのですが。(ある情報筋からのネタです)笑
私の作品、そんな崇高なものではありません。(笑)
自分が見たいと思うものをつくっているだけです。でも、ありがとう。
Commented by maricontinental at 2009-05-03 03:20
とても素晴らしい解釈ですね。
私も(特に)銅版画のそういう偶然がもたらす効果が
たまらなく好きです。
そういうのをacidと版と自分とのコラボレーションと
呼んでいます。(勝手に)
でも時々、「あ!こんなところに!」と要らぬコラボを
されると泣きが入ります。。。。
Commented by fujita-art at 2009-05-03 11:37
maricontinentalさま
ですよね。長いことやっているとだいたいのことは想像できますが、それでも思いもよらないことに遭遇することが結構あります。若い頃はそれでも強引にねじ伏せようとしましたが、最近はまっ、これも良いかなんて、物わかりよい老人になりつつあります。


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