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2012年 02月 29日

混沌


お掃除ロボットのCMなんぞ見ていると
あれはあれで、いいなとは思いますが、
でもね、掃除が大変なワケではなく、
掃除前のお片づけが苦手なワケです。
お掃除ロボットの前に、
お片づけロボットが欲しいと思うのはワタクシだけでしょうか。
まぁ、ボケ防止も兼ねてお片づけもしますけどね。
好きじゃありませんが、オトナですから仕方ありません。
キレイなのは好きですよ、
ワタクシだって。
でも、混沌とした中からしか生まれてこないことだってあるんですよ。
デザイン事務所じゃないんですから。
無機質なスタジオっていうワケにはいきません。
っと、言うワケで
最近、工房がちょっぴり混沌としているのであります。
何かが生まれる気がします。
なんてね。
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by fujita-art | 2012-02-29 19:10 | Comments(0)
2012年 02月 22日

ビデオテープ


すっかり忘れていた20数年前のビデオテープが出て来たのですが、
そのままでは再生する機器がもう手元になく、
友人の協力もあって
苦労の末やっとデジタル化に成功。
映っていたのはほとんど子供の幼稚園くらいまでの日常の記録。
孫を見ているようで可愛いことこの上ない。
子育て中はままならなかった客観視が出来るのダ。
よく見ると主人とワタクシの姿もわずかですが登場します(めちゃくちゃ若い)。
あーこんな美しい時代もあったのか、
と、今の姿を互いに見合い、
互いに断捨離(だんしゃり)をされそうな状況に黙り込む。
まっ、今より若い時はないと心に言い聞かせ、
じっと絶えて生きて行きます。(泣)
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by fujita-art | 2012-02-22 15:23 | Comments(0)
2012年 02月 18日

ギャラリー巡り

午前中の版画普及のお仕事を終え、
午後から久々の上京です。

先ずは飛ぶ鳥を落とす勢いで、
飛ぶ鳥をイメージの根源に、抽象化し
美しいドローイングを見せていた山口牧子さんの個展
ギャラリーsatoruは吉祥寺です。

その後 neutron tokyo と言う初めて出かけた青山の
ギャラリーは任田進一さんの「孤立した白」と題した展覧会。
これがなかなかの秀逸な写真表現でした。
住宅をギャラリーに改造した展示空間もとても魅力的で、
新しいギャラリー形態の方法がとても新鮮でした。

最初、版表現かと見間違えかけた
高木俊宏さんの鉛筆による表現に作家の新しい魅力を覚えた、
ギャラリー砂翁は日本橋で、29日まで。

最後は渋谷のギャラリエ アンドウさんへ。
相変わらず質が高く考えぬかれて展示されていた
工藤礼二郎さんのペインティングは深い精神性を帯びていました。
こちらは25日まで。

久々の上京は気になっている運動不足を補って余りうるウォーキングの一日でした。
それにしてもTOKYOの人の多さと寒さにはちょっぴり閉口。
もうソロソロ春でしょ、と
薄手のコートを羽織って出かけたのがなんとも不覚でした。
ヘェ〜クション!
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by fujita-art | 2012-02-18 20:50 | Comments(0)
2012年 02月 13日

火曜サスペンス現場

「もすもす、Fさんのケータイですか?」
「へぇ、そうざんすが、はてどちらさんで?」
「こつらは、けっこう田舎の○○○のナントカ管理事務所ですがぁ」

なんでも、落し物の携帯電話が事務所に届けられ、
持ち主を探すため着信履歴からワタクシにかかって来たと言うワケです。
○月○日の○時○分の着信に覚えはあるかとの問い合わせに、
一度電話を切り、着歴を見る。えっ?・・・・・。

「・・・・姫・・・・」

エッ?ちょっと待て、
さっきけっこう田舎の○○○とか言ってたよな。
火曜サスペンス劇場の舞台になるような所じゃないか。
なんでそんな辺鄙なところに姫のケータイが、、、、。
えっ?ナニ?ま、まさか?
そんなハズがあるワケない。ない。
今日は火曜日じゃない。(ぅん?)
それに、火曜サスペンス劇場なんてもうやっていないハズだ。
考え過ぎだ。でもなんだこの音は?
おぉ〜、ワタクシの心拍音か。
取り乱すワタクシ。
事件?事故?ま、まさか。
姫に電話をしたいが姫の電話はサスペンス劇場の現場。(だから〜)
捜索願い?思いつくところを思い出す。(動揺)
思いついたのは姫の仕事場。
恐る恐るダイヤルを回す。(回してない、プッシュだ)

「あのぉ〜、そちらに○○姫はおりますでしょうか?」
「ハイ、○○はワタシですが。」
ぅん?なんだそのしっかりした声は。
「おい、ワタクシだ。チミのおとうさんだ」
しゅわしゅわしゅわわ〜。
急に力が抜けるワタクシ。
「ゴメン、ゴメン言うの忘れてた」
友だちとナントカ祭りに行って落としちゃったの、
見つかったんだ、ヨカッたぁ。
「仕事中だから切るね(^O^)/」
だって。
ふぅ。

(; ̄O ̄)
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by fujita-art | 2012-02-13 11:40 | Comments(0)
2012年 02月 10日

カスヤの森

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カタチある何かを象徴する訳でもなく
その色彩はモノとしてのみ存在する。
それでも言葉にならない感情への揺さぶりが聞こえ、
深く言語を超えて語りかけてくる。
エドガー・ホフシェン(ドイツ)の作品が展示されています。
カスヤの森現代美術館です。
日本や韓国の作家に多く見られる、
モノクロームのミニマルで情感たっぷりな平面とは違い
その平面は、こちらの感覚に語りかけるのですが
不思議に乾いて見えるのでした。
理性的とも言えるかもしれません。

おそらく美術館側の手による展示だと思われますが
小気味良く、とってもクールです。


第二展示室で同時開催の「L’amitie / 甘粕多佳子・粕谷ハル子 」展の作品も
さわやかな作品群で、心地良いひと時を過ごしました。

L’amitieは2月26日まで、
エドガー・ホフシェン展は3月25日まで、
どちらも必見です。


■写真上は エドガー・ホフシェンの展示風景
■写真下は 甘粕多佳子・粕谷ハル子の展示風景です。

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カスヤの森現代美術館
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by fujita-art | 2012-02-10 17:18 | Comments(0)
2012年 02月 06日

ウォーキング

雨が降っていたこともあり、やっと決心がつきました。
ウォーキングです。
血圧降下を目指して「せめてウォーキングを」と何度も医師から勧められていたのですが、
エッ?冗談じゃねえぇ、歩くために歩くなんて出来るか!
と、粋(イキ)がっておりました。
デューラーの自画像を見るためにルーブル美術館へ一駅離れたホテルから歩くだとか、
主人に頼まれて駅前のスーパーまで玉葱を買いに行くために歩くだとか、
目的達成のために歩くのであるならばいいでしょう。
でもね、歩くために歩くなんて、
絵を描くために絵を描くみたいな、
中学校の指導室で体育の教師が「お前らの本分は勉強だ!」って怒鳴っているような(?)、
チョット違うか?
まっ、とにかくそういったことが腑に落ちなかったワケです。
ところが、ある時突然に
そうか、工房まで歩けばいいのか。
と、ハタと気がついたのであります。
仕事をするために仕事場まで歩く。
おぉ〜、なんとスバラシイ企画か。
どうして今まで気がつかなかったか、慚愧の念に堪えません。
でもね、イザとなるとやっぱり愛車にまたがっているのですよ。
それが、あーた、今日は雨です。
ついに、絶好の機会が訪れたというワケです。
30分かけて歩きました。
運動嫌いのワタクシがですよ。(拍手)
カラダも暖まり、
雨もまた楽し、ですな。
なんてね。(笑)
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by fujita-art | 2012-02-06 21:38 | Comments(6)
2012年 02月 02日

ケータイ



携帯電話を二台、三台と持ち歩く方が結構いるのだとか。
すごいですね。
言っちゃあなんですが、
ワタクシなんぞ、一台だって持て余しているというのに。
先日なんてTVのリモコンと電話を間違えるしね。(^-^)/
TVをつけようとリモコンを向けてもなんにも反応しないので
手元を見ると、子機でした。
もう、ここまでくると末期状態です。(なにが?)
そんな人間もいるというのに電話を三台ですよ。
ズボンのポケットだって二つなのに。
(?)前と後ろを入れれば四つか(笑)。
でもね口は一つです。手だって二本です。
千手観音じゃあるまいし、
どうやって複数の電話を使うんでしょうか。
想像するだけでスゴイなと感心しきりです。
メールの打ち方だってスゴイですよね。
ワタクシなんて、太古の時代から人類史で一番使用して来たであろう
人差し指を駆使して打つのに、
若い人たちは全員が親指です。
だいたい親指なんてものは十年前までは画鋲をとめる時しか使用されなかったんですよ。
大した仕事は割り当てられていなかったのです。
なのに今じゃ、人類史始まって以来の動きです。
驚く早さでケータイメールを打つように進化しちゃいましたね。
そのうち、親指以外はみんな退化したりして。
おぉ〜、だから「Good Job!」 ナンテお叫びになる時は、
親指を立てるのか。
親指、結構ヤルネ。
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by fujita-art | 2012-02-02 20:27 | Comments(0)
2012年 02月 01日

春よ来い



早いですね。もう二月です。
月日の経つのが早く感じるのは歳のせいらしいですね。
年月の早さの感じ方は年齢分の1だそうです。
三歳の子は人生の1/3が一年の長さ。
50歳の人は人生の五十分の一がその人の一年。
っで、ワタクシの一年はウン十分の1。
どうりで早く感じるワケです。
ティーンエイジの頃は濃い一年だったものですが、
今じゃ、もう薄っぺらな、刺激のない毎日でございます。(泣)

と言っても、辛い経験をした方や
不自由を強いられておられる方々にとっては、
一日一日が長いのでしょうね。
早く本当の春がやって来て欲しいものです。

支離滅裂な思考回路と
予測不可能な動きをする肉体と
どう折り合いをつけて過ごすのか
今後の課題であります。
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by fujita-art | 2012-02-01 16:59 | Comments(0)